ユノ。
看守さん。
第三審は、お前が最初だな。
うん、そうだね。不思議な気分だな。ハルカがいない。
ハルカ…きっとあたしがハルカのこと面倒を見てあげるって選択肢もあっただもんだよな。でもなんか、あたしが触っていいものじゃないと思った。綺麗だから。汚いからさ、わたし。
僕のせいだ。分かってたのに。ムウの言う通り、こうなることは分かっていたのに。
そうかな、そうかもしれないね。そう言ってあげれば、少しは看守さんは楽になるもんね。
そうだな。
いじめるのやめなきゃね。これが最後なんだし。
お前には、いつも痛いところを突かれっぱなしだよ。
自分で死を選ぶことはいいことなんてもちろん思わないけどさ。あの子が死んだってした時、あたしは少し羨ましかったんだ。自分の命を擲つほど、大事なものに出会ったことはないから。やっぱりハルカが綺麗だなーって思った。
綺麗、ハルカがか。
うん。シドウさんもマヒルさんもだけどね。人殺しなのかもしれないけどさ、あの人たちは、とても綺麗だった。
分からないな、僕には。まだそう思えない。
悲しいの、看守さん。
あ、そうだよ。僕はあいつらが死んで、悲しいんだ。どうすればよかったのか。
分かんないよね、それを。一度しかないんだから、人生なんて。
悲しめばいいんじゃないかな、たくさん。ずっとあたしたちと一緒にいてくれた看守さんにも、悲しむ権利くらいあるでしょう。
ずいぶん、優しいじゃないか。
普通だよ。
少し意外だな。お前はどんな状況になっても、飄々としている者だと思っていた。
ほんとに。私もそう思ってたな。
何がお前をそうした?僕に、赦され続けたことか。
え?いや、別にそれはどうでもいいな。
まったく、看守し甲斐のないやつだ。
看守し甲斐のある女になんかなりたくないからね。
違いない。
でしょう?
マヒルか、お前を変えたのは、ずっと看病をしてくれてたんだろう。
そうかもしれないね。変わったのかは知らない、はしゃぐ気になれないだけかも。
わたしさ、マヒルさんが死ぬときそばにいたんだよね。
そうか。ありがとう。
いや全然だよ。シドウさんが死んじゃったら何もできなくてさ。弱ってくのを見てるしかなかった。
でも、たくさんしゃべったんだよね。マヒルさん最後までおしゃべり大好きでさ。
マヒルさんってすごい乙女でさ。恋愛に夢見ててさ、大好きな人のお嫁さんになって、一緒に赤ちゃんを育てるのが夢なんだって。
そうか。マヒルらしいな。
うん。今時いないよね、あんな人は。ほんとは、笑っちゃうよね。あんないい人の夢だった赤ちゃん、私みたいな女のところに来たんだよ。
ユノ…
面白いよね。私が殺したもの、マヒルさんが心から欲しがってたものなんだ。「赦されたから何?」って感じでしょ。バカみたい。
僕が言われたセリフをそのまま返すぞ。
え?
悲しめばいいんじゃないか。笑わなくてもいいんじゃないか。
何言ってんの。
笑わなくてもいい。冷えたふりをしなくていい。お前にだって、悲しむ権利はあるだろう。
ない。
なぜだ。
ないんだよ。
ずっと一緒にいたんだろ?ずっと話していたんだろ?人殺し同士だろうと、友人だろ?
友人?
もう一度言うよ。悲しむ権利くらいあるだろ。
友人、なのかな。お互いどこの誰かも知らないのに。
まあ、僕はそう思う。
無理だよ。無理だ。
抑える必要なんてない。悲しいものは、悲しいと言えばいい。
悲しんでいいわけないじゃん。悲しんでいいわけないじゃん。なんで、だって、私は赤ちゃんを殺したのに、殺したとき何も思わなかったのに。ハルカが死んだとかシドウさんが死んだとかマヒルさんが死んだとかで、悲しんでいいわけないじゃん。
ユノ。
そんな資格なんて、あるわけないじゃん。わたしさ、全部分かんの。小さい時から相手が何したら喜ぶか大抵分かる、つまんないの、全部つまんないの。
聞かせてくれ、お前のことを。
適当なことやってさ、自分の中にもう一つ命があるって知って、ただただ、気持ち悪いだけだった。この先、どういう人生送るか分かっちゃった。面倒くさくなっちゃった。
だから、殺した?
そう、そうだよ…いや、わかんない、そうなのかな。考えてたらくらくらして、階段から落ちた。
…落ちた。
そう、落ちたの。だからしばらくさ、私ここが死後の世界だと思ってたよ。赤ちゃんと一緒に死んだんだって。
違うんだな。
うん、思い出した、ここに連れてこられるまでの記憶。階段から落ちて、自分のお腹の中から命が失われて、入院してた。でもちょっと入院したら、学校に戻れたんだよね。最後の記憶は、退院して初めての登校中、なんとも思わなかったんだよね、私。赤ちゃんが自分の中からいなくなっても。
そういうものなのか。
ただ傷が治るように、何事もなかったように、日常に戻るんだなって。何なんだろうね、命って。そう思ったのを覚えて、何も感じない自分は変なんだって。
お前の気持ちは、僕は簡単に理解できるとは言えない。でも、だからといって、お前が人の死を悲しんじゃいけないわけじゃ…
なんでほかの人が死んで悲しむのさ?今更人の命の大事さに気づく、そんなことが許される?私があの子にできることなんて、ずっと冷めたままでいることだけだよ。
お前がきちんと傷ついていたよ。ただ、見てこなかっただけだ、自分の傷を。痛みを麻痺させていただけだと思う。
ほんとに何が分かんなよ、ただの子供でしょ。
分からないよ、お前と一緒で、まだ子供だ。でも、お前の心の中を見てきたよ。お前の歌を、ずっと聞いてきたんだ。自分で言うほど、お前が冷たい人間じゃないよ。
そっか。
あ、そうだ。
看守さんは、どうすんの。
「どう」とは?
まだ続けるの、ミルグラム。もう破綻してるでしょ、ここは。看守さんが続けなきゃいけない理由ある。
そう、だな。まだ分からない。ほかの囚人と会っていく中で、考えようと思う。
そっか、それもいいかもね。
な、最後だから聞いていいか。
?
お前はどうすれば満足だったんだ。
どういうこと?
赦されても、赦されなくても、不満だっただろ、お前。
うん、私もそう思う。ミルグラム自体気に食わないもん。言ったでしょう?人が人を裁くなんて無理だって。
よく覚えているよ。
看守さんが何となく、ほかのみんなをどう判断したか分かってるけどさ。私からしたら、結局全部好き嫌いだよ。立場は違えば、思うことなんて違うんだもん。
そうだな。どんな囚人だって、100対0なんてことはなかった。よく分かるよ。
私が何を求めていたか、か。大体看守さんの言いたいこと分かるよ。私は叱られたかったのかもしれない?後なんだろ、寂しかったのかもしれない?私から言わせれば、全部そうで、全部違う。
どういうことだ。
こうに違いないとか、こう思わないのおかしいとかさ。あたしが何を感じたかなんて、決めつけないで。理由なんて一つじゃないし、理由なんてないかもしれない。お願いだからさ、私のこと、分かりやすくしないでよ。
お前らしいよ。
ううん、人間ってそういうもんなんだと思うよ。
そっか、勉強になったよ。
もう時間か。
そうか、お別れだね。
あ。
ちょっと、看守さん。
なんだ。
ちょっとおいでよ。
はい。
ユノ。
ハグ。普段なら2.5取ってるところだけど、無料にしとくよ。
不潔だ。
うそうそ。マヒルさんならきっとこうして送り出したと思うからさ、看守さんのことを。
いろいろ込めた。はい、終わり。なんていうかさ、その、頑張ってよ。
は。
看守さんにはいろいろ言ったし、今もミルグラムなんてくだらない?って心底思うけどさ。
まだ言うか。
私はここに来なかったら、自分のしたことを改めて考えることなんてなかったかもしれない。きっと私のしたことは、日常の中に消えていた。私の中にもう一人いたことを、忘れてしまっていた。
ユノ。
私のことを考えてくれたことは、ありがとう。私を、いや、もう一人か、死んじゃってたけど。私たちを知ってくれて、ありがとう。
僕も、お前を知れてよかった。忘れないよ、お前と、もう一人。
それだけはよかったかな。ありがとう、看守さん、バイバイ。また会えたらいいね。
あ、こちらこそ、ありがとう。囚人番号二番…いや。
うん?
これは、要らないな。
帽子、捨てちゃうの?
ここからは看守じゃない。最後くらいは、ただの僕であろうと思う。
いいじゃん、エス。
樫木ユノ、お前の罪を歌え。
